ヴェイユの時代のフランス労働事情は現代日本のそれとは大きく異なる。しかし、名目の賃金が高いとか、物質的生活が豊かだとか、極端に過酷な労働現場ではないというような表面的物質的な問題を横へ置いて、彼女が到達した自分の精神的状態に対する認識について思いを巡らすと、奇妙にもかなりよく似ていることに気づくのではあるまいか。
いまは民主的経営がなされているはずである。にもかかわらず《パワーハラスメント》という言葉が珍しくない。《誇り(自我)》ある労働者としては堂々と応対すればいい。ところが泣き寝入りだ。だから、なくならない。
生活の糧を求める目的で働いているはず、しかも賃金が増えない事情にあるにもかかわらず不払い労働が蔓延する。長時間労働で疲労困憊の人が少なくない。「忙しい、本なんか読む暇がない」。余暇時間は睡眠・休養に回すしかない。「1日やり遂げた」という達成感のみに依拠するしかない。
ヴェイユ時代と比較すれば飢餓的貧困が克服された----としても、隷属・依存の意識状態は相変わらずはびこっている。まさに反抗なく、服従のみ、さらに服従に耐える快感に昇華!しているのではなかろうか。
《隷属》が好きな人はまずいない。《生活の糧》を獲得せんとして働くのだけれど、《隷属》して働くのではない。労働力を提供して賃金を得るのであって、対等取引のはずである。
当たり前の労働基準が遵守されないのは無法状態である。対等意識なく、無法状態が解消しないのは、働くのではなく、働かせていただく意識が強いからである。《働くのであって、働かせていただくのではない》のだ。
彼女が短い34歳の生涯を終えた後、終生深い親交のあったアルベチーヌ・テヴノン女史は、「(働く私たちに対して)彼女の要求の厳しさ、容赦のない厳密さで考えるように強いられたことなどをよく覚えています。」と書き残した。第83回メーデーの会場で、私はこの話を伝えたかった。
奥井禮喜氏のプロフィール
有限会社ライフビジョン代表取締役
経営労働評論家
日本労働ペンクラブ会員
OnLineJournalライフビジョン発行人
週刊RO通信発行人
ライフビジョン学会顧問 ユニオンアカデミー事務局
1976年 三菱電機労組中執時代に日本初の人生設計セミナー開催。
1982年 独立し、人と組織の元気を開発するライフビジョン理論で、個人の老後問題から余暇、自由時間、政治、社会を論ずる。
1985年 月刊ライフビジョン(現在のOnLineJournalライフビジョン)創刊。
1993年 『連帯する自我』をキーワードにライフビジョン学会を組織。
2002年 大衆運動の理論的拠点としてのユニオンアカデミー旗上げ。
講演、執筆、コンサルテーション、インターネットを使った「メール通信教育」などでオピニオンを展開し、現在に至る。
高齢・障害者雇用支援機構の「エルダー」にコラム連載中。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年5月2日