文=コラムニスト・陳言
2012年3月末、日立製作所中国総代表の大野信行さんは3年間の中国勤務を終えて日本に帰国した。
初めてお会いしたのは大野さんの中国赴任が決まったばかりの2009年の初め、場所は大森だった。当時、日立の中国での売上は100億ドルを超えており、大野さんの目標はそれを110億ドル以上に拡大することだった。しかし2008年9月のリーマンショックによる世界経済の落ち込みは必至で、目標達成は少し困難に思えた。
その時の話題は日中の経済成長段階の違いや、2008年末に発表された中国政府による4兆元の景気刺激策がもたらす効果等だった。日立経営陣の一員である大野さんは数字に対して敏感で、投入額が4兆元、つまり当時のレート換算で57兆円と知り、その経済的な意義を感じられたようだった。
半時ほどお話して大野さんのオフィスを後にした。社屋の前で大野さんの写真を撮り、別れの挨拶をという時に突然お煎餅の包みを差し出された。
「最近はお店も大分減ってしまいましたが、実は大森はお煎餅で有名なんです。私はこのお店のお煎餅が好みでしてね」
そういえば私は以前、大抵の日本の食品は北京で手に入るけれども美味しいお煎餅はとても少ない、ということを日立勤務の友人に話したことがあった。何かのついでに言っただけで自分でも忘れていたそのことが思いがけず大野さんの知るところとなったようだ。IT部門のトップでもある大野さんの情報収集の細やかさが感じられた出来事だ。