奥井禮喜氏:市民と科学・技術の関係

奥井禮喜氏:市民と科学・技術の関係。 現代の科学・技術が人々の生活を支えている。最新機器の便利さを享受しつつ、それが存在しなかった当時といちいち比較するようなことはまずないから、それがあって当然、いわば科学・技術の粋は空気のようなものである…

タグ: 科学 技術 関係 奥井禮喜

発信時間: 2012-06-20 16:19:36 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

ムラ意識を一般化して考えれば、要するに、誰にでも理解できないのだから、意識するかしないかに関わらず、あらゆる分野でムラが形成されている次第である。

動物・比較心理学者J.J.ユクスキュル(独 1864〜1944)は、「主体としての動物が知覚し作用する環境の総体が、それぞれの動物の世界をなす」と指摘した。環境は、ある主体の周囲に単に存在しているものに過ぎない。

主体は自分が意味を与えた世界(ユクスキュルはこれを環境世界とした)を構築して生活している。環境世界は、大きな環境から切り出されたものである云々。人もまた自分の関心領域のみに熱中しつつ生活している。

政治家が「国家国民のために」という看板をぶら下げつつ、政局に一路邁進する(ようにみえる)のは、国家国民という抽象的な環境(掴みどころがない)よりも、自分が政治によって生きることを優先するからであろう。

もちろんここでは政治家の批判をするのが目的ではない。政治家がよほど強いプロとしての政治家精神を構築していない限り、政治家も人間であり、かつまた一般的には動物だからユクスキュルの卓見と合致するだろう。

話を戻そう。愚民政治という言葉がある。一般人は、なにごとによらず知識が浅いから、《ムラ》関係者が常識だと考えていることでも十分な理解ができない。当然ながら判断力が低い。だから合意を形成しにくい。そこで、

ご親切な「由らしむべし、知らしむべからず」流が現代の民主主義社会においても顔を出す。一般人は科学リテラシーが低い。事実を言えば恐怖で恐慌をきたすかもしれない。「とにかく大丈夫だ」という記者会見を記憶する。

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