奥井禮喜氏:心配な政治こそが政治である

奥井禮喜氏:心配な政治こそが政治である。 目下の政治がまともに機能していると安心している国民はまず存在しないだろう。紳士に私は「安心の霧の向こうで心配がぐんぐん育っていたわけですよ」と言いそうになったけれど飲み込んだ。だいぶ酩酊されていた…

タグ: 政治 政府 民主党 自民党 憲法

発信時間: 2012-07-04 14:34:26 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

「常在戦場」「田の草取り」などの言葉が示す如く、職業政治家の最大の眼目は我が身の就職活動であろう。「私は当選するために粉骨砕身します」といえば正直でよろしい。ただし、命を懸けるなどとは言うべきでない。

メシを食うために職業政治家たらんとする。当選したものの命を失うようなことになっては本末転倒。実際、かつて参議院全国区は残酷区といわれ、当選後に彼方へ旅立たれた方もおられたのである。

「竜馬の如く」、「晋作のように」、「船中八策」などなど時代錯誤の言葉を濫用するのは見苦しい。小人物の英雄気取りほど怪しく不遜にして嫌味なものはない。本人の紹介状を持っておいで!

維新の政治が、結局大正時代のデモクラシーの芽を摘み取り、昭和の15年戦争に突っ走った根源である。まともに歴史を勉強したこともない方々の情緒的なロマンティシズムを煽るのは煽動者である。剣呑である。

任せておいて、裏切られて、踏みつけられて、いかに悲憤慷慨しようとも、客観的には、それは大衆の一人としての自分が播いた種である。「安心」の中身が暴露されたところに、政権交代の大いなる意義がある。本当に。

奥井禮喜氏のプロフィール

有限会社ライフビジョン代表取締役

経営労働評論家

日本労働ペンクラブ会員

OnLineJournalライフビジョン発行人

週刊RO通信発行人

ライフビジョン学会顧問  ユニオンアカデミー事務局

1976年 三菱電機労組中執時代に日本初の人生設計セミナー開催。

1982年 独立し、人と組織の元気を開発するライフビジョン理論で、個人の老後問題から余暇、自由時間、政治、社会を論ずる。

1985年 月刊ライフビジョン(現在のOnLineJournalライフビジョン)創刊。

1993年 『連帯する自我』をキーワードにライフビジョン学会を組織。

2002年 大衆運動の理論的拠点としてのユニオンアカデミー旗上げ。

講演、執筆、コンサルテーション、インターネットを使った「メール通信教育」などでオピニオンを展開し、現在に至る。

高齢・障害者雇用支援機構の「エルダー」にコラム連載中。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年7月4日

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